サン・フォン あの人はいつも数が好きなのです。確実なのは数だけですし、信じられないほどに数を増してゆけば、悪徳も奇蹟になるからだわ。(三島由紀夫『サド侯爵夫人』p.14)
『毒婦』は一時完全に行き詰まり、友人に手を引いてもらいながら今はリハビリのように書いています。
一般に「書く」というとき、例えば私は経験したことがないですが自分の中に全く素養がないor動機として持っていないものを「依頼」されたために書くとか、あるいは意に沿わない変更を強いられるとか、さまざまな理由で「疎外された」状態に陥ることはあるかと思いますが、「書いても千稿までは必ず変更する」というのは書くにあたって大分な疎外で、それが疎外であるということにここに至ってようやく気付いたというのはタイミングとして完璧におかしい(というのは、企画開始前に「千稿やるんです」とお話しさせていただいた知り合いの劇作家の方には「え、なんで?」とすぐさま疑問を呈された、その反応が考えてみれば当然で、「千書く」の美徳以前に明らかに不健康)。ですが私自身この企画に取り組んでよかったかもしれないと思うのは、「悪徳も奇蹟になる」にあるいは近いかもしれない、今まで私に欠如していた「感謝」というテーマがようやく浮上してきたからでした。